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景気の悪化が判明したあとの対応の遅さである。 一九九二年の第一・四半期に入り、日銀短観といった公式資料などにより、景気の悪化は誰の目から見ても鮮明となった。
筆者は比較的早期から日本の景気調整局面入りを指摘し、一九九二年の年初には速やかに景気刺激策を採用することを主張していた。 政府は、一九九二年三月三十一日に緊急経済対策を決めたが、実質的な景気刺激対策は何も追加しなかった。
政府が本格的な景気対策の意向を表示したのは、八月二十八日の総合経済対策であった。 しかもこの総合経済対策が国会の議決を得たのが、十二月の十日であり、景気悪化が鮮明になったあと、政策の決定となるまでに約一年の時間が経過したのである。
経済政策の対応には通常、認知のラグ、決定のラグ、実施のラグがともなうとされているが、今回の調整局面においては、すべて合わせると、丸二年間のラグが発生したのである。 その間、景気の加速度的な悪化も一因となり、株価が急落し、新たに金融不安といった状況まで生まれ、この株価下落が新たな景気悪化の要因として加わり、いわば断ちがたい悪循環が形成されてしまったのである。
歴史的事実において仮定の話をしても無意味ではあるが、仮に一九九二年の第一・四半期に適切な政策対応がとられていれば、日経平均株価の二万円割れは避けられた可能性が高い。 その場合、景気の加速度的な悪化も避けられたはずである。

こう考えてみると、景気の変動には、経済の法則にしたがって、いわば法則性を持って動く部分と、そうした基調としての景気変動に対して加えられる人為の力、経済政策対応によって変化する部分の二つの側面があることが理解される。 この意味で経済政策は国民生活の安定にとって、きわめて重大な使命を帯びているのである。
こうした事実経過を踏まえて、なぜ日本の経済政策対応が適切性を失ったかという原因を考えてみると、そこに経済政策運営におけるひとつの重要な命題が浮かび上がってくる。 経済政策運営という現実の意思決定は、常に総合的な見地に立った優先順位の決定であるという点である。
ある経済政策を実行した場合、すべての政策において、その作用と反作用が発生する。 つまりメリットとデメリットが想定されるのである。
すべての面において、メリットだけが得られるような組み合わせをつくることができれば理想的であるが、現実には不可能である。 となると経済政策運営というのは、達成しなければいけない最重要課題の実現のために、どの点に目をつぶるのかという選択の問題である。
経済政策対応をめぐる反省点一九九一年の第一・四半期に景気の悪化が鮮明になった以後の経済政策対応において、私は三つの重要な反省点があると考えている。 第一に、財政バランス悪化の回避を最優先させた点である。
赤字国債を発行し、その赤字が継続すれば、累積的に政府債務残高は増大する。 行き過ぎれば、財政運営が硬直化し、経済政策の機動性が損なわれる。
この点は、第一次オイルショック以後の国債の大量発行によって経験済みである。 したがって基本的に財政の健全性を維持することをめざすことは、正論である。
経済政策運営においては、赤字国債の発行回避はあくまでひとつの政策課題であって、何ごとが起きても最優先される絶対の課題ではないはずである。 たとえていえば、自分の財布が大切だということが仮に正しいとしても、火事に見舞われたときに、自分の財布を探して、その財布を握りしめたまま焼け死んだというのでは笑い話にもならない。
つまり財政の健全性を維持するがために、経済活動全体が著しく疲弊する事態を招いたのでは本末転倒である。 この点において、一九九一年年初以降の財政当局の行動は、赤字国債の発行回避を前面に掲げすぎたために景気心理が萎縮し、本来の道筋以上に景気を悪化させてしまった可能性がある。

また別の側面についていえば、本来、財政収支は景気が悪化したときに赤字化し、景気が拡大する局面で黒字化する性格を持っている。 この財政収支の振幅が景気活動にとっては緩衝材の役割を果たすことが期待されている。
経済用語では、財政の景気自動調整機能(ビルト・イン・スタビライザー)と呼ばれているが、政策当局の説明ぶりは、こうした財政の本来の機能を軽視している。 第二に、金融政策の運営である。
金融政策運営に責任を持つ金融政策当局は、本来、金融政策の経済的効果を正しく把握し、最も望ましい政策運営を行なうべきである。 日本銀行のこれまで蓄えてきた理論水準、これまでの業績は世界的な比較をしてみても、きわめて優れたものであるが、現実の政策運営においてはいくつかの反省点があるといわざるを得ない。
端的にいえば、バブルの生成という苦い歴史の教訓により、金融政策運営が過度に萎縮してしまっていると考えられる。 望ましい金融政策運営の方向を考察するためには、バブルの生成・崩壊の過程の経済的意味を明らかにする必要があり、そのうえで望ましい政策が考察されなければならない。
実際の政策運営、およびその説明ぶりを見るかぎり、その点が疑わしいのである。 前回の金利引き下げ策そのものが、バブル生成の直接の原因ではない。
バブルが生成されたのは一九八七年から一九八九年にかけてであるが、その最大の理由は金融緩和の持続であった。 つまり景気の急激な拡大過程の下で、引き締めに転じるべき金融政策がさまざまな事情により金融緩和を持続してしまったところに原因があると考えられる。
金利を下げたことがバブル生成の原因ではなく、下げた金利を上げなかったことがバブル生成の原因だと、筆者は理解している。 これに対し、最近の金融政策に係わる議論を見ると、金利引き下げ策そのものがバブルの生成の原因であるとする、あるいはそう理解されるような説明ぶりが多い。
この点は明確にしておく必要がある。 日本銀行が金利引き下げ策に抵抗を示す理由としては、H谷川慶太郎先生が指摘するように、金融緩和そのものが嫌いであるといった役人的発想も考えられるが、それ以上に一度金利を下げると、引き上げが難しいということによる警戒的行動という側面も考えられる。
つまり下げるべきでないから下げないのでなく、下げたあと上げられなくなるとまずいので下げないという論理である。 いってみれば次善の策であり、望ましい政策運営の姿とはいえない。
景気が過度に落ち込み、国民経済生活も不安にさらされる状況のなかで、景気の支持が必要であれば、金利についてもやはり下げるべきときには下げる必要がある。 こうした、いってみればあっものなます「葵に懲りて膳を吹く」という過度の金融政策の萎縮が見られたと考えられる。

第三に、経済政策がそのアナウンスメント効果を軽視してきた点である。 あるいは、アナウンスメント効果を十分に活用してこなかった点である。
一九九二年の四月一日に公定歩合の引き下げが行なわれたが、この政策発動のあと、株価が急落した。 金利を下げれば、本来は株価の反発が予想されるのにもかかわらず、金利引き下げにより株価は下落したのである。
引き下げ方に問題があったのである。 同じ政策発動であっても、その発動の仕方により効果は異なってくる。
アナウンスメント効果である。 逆に、同じ年の八月十八日に、大蔵省が金融行政の当面の運営方針を前触れなく発表した。

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